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40.どきどき

 人生において、目の前で二人の女が俺を取り合うだなんてこと、多分二度と無いに違いない。だから、しっかり記録でもしておこう。俺の脳裏にだけだが。
 それにしても、本当に脳内だけだったら良かったんだけどな。

 もうすぐ夜が更けそうな公園の片隅で、そろそろ出没するカップルの年齢層が上がり始めるこの時間帯に、制服着たまま痴話喧嘩。恥ずかしすぎる。そもそも、何でこんなコトになったのか。

「テツくん、どういうこと?! もーいや! 何よ、この女! 何とか言って!! 」

 そんなこと言われても。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を見せるのは、俺の彼女の真帆ちゃん。隣のクラスの女の子。つき合ったきっかけは良く覚えてないけど、わりとべたなシチュエーションで告られて、今に至っている気がする。どれくらいつき合ったっけ。半年くらい? 
 で、泣き叫ぶ真帆ちゃんを後目に、俺の腕にすがりついてるのは、最近俺を追っかけているニューフェイス、イッコ上の良香さん。学祭の合唱コンクールで一緒にピアノを弾いたのがきっかけで、一緒にいるようになって、気がついたらこうなってた。
 いや、ついさっきまで、手をつないだこともなかったけど。でも、良香さんが俺に気があるって言うのは、十分承知してた。ただ俺のことを、勘違いしてるフシもあったけど。

「離れて!! 」
「あの、良香さん、そう言ってるんで……」
「なあに? 」

 め、めんどくさいな、この状況。良香さんは一緒に話をしてただけなんだから、真帆ちゃんはそんなに喚かなくてもいいじゃないか。真帆ちゃんが騒いだから「こわーい」なんて言って、彼女は俺にしがみついてるわけで。
 いやいや、しかし良香さんは余裕だ。好みで言えば、良香さんの方が全然好みなんだけど。そんなこと言ったら、真帆ちゃんに八つ裂きにされそうだな、この状況だと。
 男冥利に尽きるのかもしれんけど、もう良いかな、こういうの。何か、俺も妙に冷静だし。
 一つの者を奪い合うって言うのは、醜い争いを起こすだけなわけで。俺は絶対、そう言う真似はしないでおこう。

 そう、俺は懸命だ。初恋から、あまりに大きすぎる挫折を味わいつづけてここまで成長してしまったんだ。こんなコトくらいで動揺するか。枯れているという無かれ。無関心にもほどがある、と俺を罵ったヤツもいたけれど、無関心なわけじゃない。慎重なだけだ。

「テツくんのバカ! 何とか言って、って言ってるでしょ? 」

 ああ、そうか。こういう場合は、俺にすがってる良香さんを引き離すより、真帆ちゃんを宥めるのが先か。
 真帆ちゃんに手を伸ばし、良香さんから逃げるように彼女を抱きしめようとしたら、引っかかれた。何故? なんか、手負いの獣みたいになってる……。

「ちょっと、テツに何するのよ」
「あんたみたいなババアに言われる筋合いはないわよ! 私のよ! 」

 一つ上なだけでババア扱いするその姿にはひいたけど、彼女の主張に、俺は自身の最初の挫折を思い出す。口汚いけど、必死に俺のことを、自分のものだと主張する真帆ちゃんの姿に。
 忘れもしない、俺が小学生になったばかりのころ。今の俺と同じ年だった俺の従姉妹は、俺にピアノのレッスンをしながらこっそり教えてくれた。

『いつか、あの人を私のものにするの。テツは私の味方よね? 』

 その「あの人」っていうのは、他でもない俺の親父。子供心に、俺は利用されているんだと、泣き出してしまった覚えがある。彼女がその理由も判らず、仕方なしに宥めてくるので、余計に泣いていた。
 ピアノを弾くのは好きだし、彼女も好きだったけれど、レッスンをしに彼女が家に来るのがいやになった。だけど「レッスンをやめて」とどうしても言えなかった自分の弱さに、ますます泣きたくなった。

「テツ、危ないから行きましょ? 」
「でも……彼女だし」
「やさしいのね。こんなコトされても、未だ彼女って言ってあげるなんて」

 良香さんは血が滲む俺の手を取り、唇でなぞった。手慣れてるよ、この女。ちょっとだけ、良いかも。相当モテるだろうに。今まで男を振り回してきた感じだな。

 俺の従姉妹、愛里もそうなんだ。会うたびに知らない男を連れて歩いてた。なのに、親父の前では男なんて知らない、って顔を見せる。俺だけが、それを知ってる。知り続けている。オヤジも、愛里の他の男も、誰も知らないことを。俺だけが、ずっと。

「そうでもない」
「そういう冷静で、優しくて、大人っぽいところが良いよね」
「……違う! テツくんは、いつも酷かった。私ばかりがテツくんのことを好きで、ずっとほったらかしだったじゃない! 大人っぽいんだかなんだか知らないけど、全然構ってくれないし! デートもホテルも、誘うのはいつも私。ちょっと顔が良いからって何よ! バカにしないで! 」

 とうとう逆ギレされた。捨て台詞を叫んだ後、真帆ちゃんは怒りの形相に涙を浮かべながら、走って逃げた。さすがにへこむぞ、そこまで言われたら……。そんなこと、大声で言わなくても。
 何で女って、ああなんだ。

「……ホテルまでは……どうかな? 」

 良香さんはあきれたように呟いたくせに、俺の腕に絡めた手に力を入れ、すり寄ってきた。

「まあ、へこむけど、事実だし。それでも良いんですか? 」
「それって、私が誘ったら、一緒に来るってことでしょ? だったら、今日から私のものね」

 オヤジに似て顔だけは良いと、誉められてんのか貶されてんのか(そう言う場合は大抵親を持ち上げ、子を落としてるものだけど)判らない評価をされてきた俺の、今がモテ絶頂期か? それとも人生これからか?
 何故かまた、ちょっと強引なタイプの女だけど、その方が俺には合ってるのかも知れないな。一歩引いてたのは確かだし。

「誘わないくせに、そう言うことは出来るのね」

 強引にキスをして、腰を撫でる俺に、彼女は満更でもない顔を見せた。
 俺が誘う前に、彼女から誘ってきただけだよ。出来ないわけじゃない、多分、慎重なだけだ。

「いいよ。今から、私が彼女でしょ? 」

 ほら。たまたま、俺の周りにせっかちな女が多いだけ。だと思う。彼女は再び俺の腕に手を絡め、公園を出るように促す。
 彼女に引っ張られるまま、彼女の家に連れて行かれた。ちょうど今夜は両親の帰りが遅いだなんて、彼女は元々こういうつもりだったんじゃないかって言うくらい、出来すぎてる。

 愛里もそうだ。あの女は、酷く計算高い。男に俺の家まで送らせておいて、その5分後、オヤジがちょうど家に帰ってくる。実は、二人で待ち合わせていたんじゃないかって言うくらい、ぴったりの時間だ。そして、彼女は何食わぬ顔をして、オヤジと一緒に俺の家に上がる。俺のレッスンという名目の元に。
 それを全て知りながら、俺は未だに、彼女からピアノを教えてもらうことをやめられない。彼女が俺を利用していることは判っているのに、それでも、ピアノが俺と彼女を唯一繋ぎ続けるから。

 良香さんの部屋には小さなアップライトピアノがあって、彼女はその椅子でするのが好きみたいだった。俺も嫌いじゃないけど、いつ彼女の両親が帰ってくるかと思うと、心臓に悪かった。彼女の感触に、感動なんて覚えていられなかった。
 8時過ぎ、帰ろうとした俺を、大通りまで送ると言って、彼女は俺の腕にしがみつきながらついてきてくれた。わりと強そうに見える人だから、こういうところは可愛いと思う。明日、真帆ちゃんとまた何かあったらと思うと面倒だけど、良香さんがオレの隣にいる状況は嫌じゃない。

「テツってさ、何か、余裕があるよね。年下なのに、そんな感じがしないもの」
「ああ。何、さっきのこと? それとも、部屋でのこと? 」
「両方」

 大通りに出たところで、彼女はオレから手を離し、自宅へ戻っていった。信号待ちをしていた俺の隣に、見慣れたピンク色の車が横付けし、運転席の窓を開けた。。

「見ーちゃった。彼女? まあまあ可愛いじゃない。ついでだし、乗ってく? 」

 大学の帰りなのか、助手席には荷物が散乱していたが、愛里はそれを後部座席へどかしてくれた。俺は何も言えないまま、彼女の横に座る。
 少し乱雑な運転に文句を付けたら、いつものように怒られる代わりに、再び良香さんのことをからかわれた。

「悪いかよ。俺のこと、未だ小学生ぐらいだと思ってんじゃねえの? 」
「そんなことないわよ。最近、鉄城によく似てきた。男っぽくなってきたし」

 彼女の隣は、良香さんの部屋より、何だか蒸し暑くて息苦しかった。触れてもいないのに、体の右側だけ、妙に熱っぽかった。触ってる間はどうでも良かった女の感触が、今ごろ俺の体の表面で主張しているような気分だった。

「……いつまでも子供扱いすんなよ」

 手を伸ばしたら、簡単に触れられる距離にいるのに、手を出すことすら出来ない。こうして俺は、減らず口だけがうまくなっていく。
 触れることを想像しながら、ただ彼女を見つめる。その行為が、どれだけ苦しいか。どれだけ俺を振り回すか。

 だけどこの苦しさが、心地よくもある。もう10年以上もの間、俺はこの感覚に浸りきってて麻痺してる。だから他の感覚はとっくに鈍ってしまって、ちょっとのことじゃ動揺しなくなったのかな?

「彼女が出来たくらいで、子供扱いすんなって浮かれてるようじゃ、まだまだ子供でしょ? 」

 悔しいけど、その通りだ。俺はやっぱり、まだまだ対等には扱われない。それがこんなに苦しいのか? 苦しいのに、妙な高揚感がくせになってる。
 火照る顔を見られたくなくて、顔を逸らした。このまま家につかなければいいのに、と願いながら。

<from "W.E.M[World's end music]">

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4.それだけは勘弁してください

 勉強、運動、芸術。全てにおいて突出しすぎることもなく、しかし常に上位をキープ。喧嘩こそしないけれど、格闘技なんかかじっちゃってて、そこそこ強く、体格も十分。顔だって中の上ってとこなのに、女子には当たり障りのない態度。ちょっと天然ボケで、同性からも嫌われない。
 こうやって並べ立ててみると、意外や意外、彼は完璧超人なんじゃないか?

 いつものマックの窓辺の席で、小学部からの腐れ縁の男をそう評した目の前の男に、俺はいつものように突っ込んだ。

「……彼方が? どこが完璧超人? あの天然ボケボケの暖簾男が」
「詠次がそういうのは、自分も完璧超人に近い場所に居るからだろ?まだまだだけど」

だから、『暖簾』と彼を一蹴出来るんだと。励は少しだけ不愉快そうな顔を見せてから、俺のポテトを7、8本ちょろまかした。

「だって、さっき言ったこと、何一つ間違ってないし。しかも彼女もかわいい。ここで俺が詠次と、男二人でマック☆ なんて、もの悲しいことしてる間に、彼方は彼女とデートですよ。ああ、オレもかわいい彼女がほしい!  」
「完璧超人も、そんな幸せなわけじゃねえって」
「別に、完璧超人だから幸せだとは言ってないけど」

 彼の言うことは、時々本気でわからない。ついさっきそう言ったはずだけれど。

「俺には『彼方が出来すぎてるから、彼女が居てうらやましい』と言ったように聞こえたんだが」
「ノンノン。そこがつながる意味がわかんないし?」
「お前の意味がわからん」
「彼方は完璧超人なのに、しかも彼女も超かわいいのに、何で人生をつまらなさそうに生きてるんだろうねと、問いかけているわけなのだよ」

 そこは、彼の深い部分なわけだよと、彼に代わって言ってやりたかったけれど。俺がそんなに彼をフォローするのも変な話だし。

「お前は、人生楽しそうだな。完璧超人に程遠いのに」

 どうしてこうも、真逆の人間とつるんでるのか、自分でも不思議になる。彼方と励は、あまりにも違いすぎる。もっと似てる人間とつるみそうなもんだけど。類は友を呼ぶと、昔から言うではないか。

「程遠いはいらないってば! 人生は楽しいけどね。あと必要なのはかわいい彼女だけ」
「楽しいならいらないんじゃないか? 」
「いるよ! もっと楽しくなる! 詠次もそう思うだろ?」

 もしかしたら真逆と思ってるのは俺だけで、俺たち3人、実は似てるということか? (それはそれでショックが大きいが)

「そう考えたら、彼方はものすっごく幸せな状態なわけなんだから、楽しめばいいのに。なあ」
「それは確かに……そう思うよ」

 そうなんだ。確かに、彼方は励の言うとおり、「満遍なく出来がいい」と俺も思う。出来すぎて人間関係に亀裂が入るような真似もしないし。欲しいものは一通り持ってる感じがする。そんなやつがこれ以上何かを望むのは、持って無いものからしたら「ただの我侭」でしかない。
 だけど、彼方は見えない何かを求め続けているし、満足もしていないし楽しそうでもない。不幸そうにもしてないけれど、幸せそうでもない。

 この点で、彼方と励は真逆に見えるけれど、そうでなかったとしたら? 実はただの類友だとしたら。見かけはそうでなくても、一緒にいるなら、似てるところがあると仮定して。

「お前が完璧超人だったら、もっと楽しそうだな」
「どうだろね。俺は完璧超人でないから、よくわかんないし? 」

 それはまさに真理だけれども。彼のことは、彼しかわからない。
 でも、なんだか励自身も、彼の立場が幸せではないということを言ってるように聞こえた。

「でもまあ、状況とか関係ないし? 」

 俺の心を見透かしたように、彼はそう言った。

「俺は腹をくくってるからさ。もうこれ以上ないってくらい」

 彼らが似ていると仮定するなら、彼方が励のように「腹をくくる」ことが出来ないのは、やっぱり状況のせいのような気がしてきた。

「でも、お前も彼方の立場だったら、腹をくくることが出来なかったかもしれないし? だから彼に責任があるわけじゃない。環境のせいってことになるな」
「彼方も詠次も、自分と相手に甘いよな」
「お前もな」

 気を悪くするかと思ったが、励は「お互い様☆」なんて言って笑っていた。
 彼と彼方の決定的な違いを見せられたような気がした。

「それにしても、詠次は彼方のことになると、本気で深刻な顔するよな。なんか、自分のことみたいに」
「……そうでもない」

 余計なことを突っ込んできやがって。畜生! 畜生!
 必死で目をそらして、ポーカーフェースをするけれど、どこまでばれているのか。

「人の心配するより、自分の心配すればいいのに。あ、そうか」
「……そうか?! そうか、ってなに?! 」

 何だ、何言うんだこいつ? 俺のこと、なんて言うつもりで……。

「詠次と彼方って、似たもの同士だからな。自己弁護か。そうかそうか」

 ああ、もう。そういうことにしといてくれ。
 それもまた真理か。似ているからこそ惹かれるって。
 だけど、それ以上突っ込むのは……。

<from "spits against heaven!">

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